憂鬱の科学

東京湾のロマン


 昨晩の予報で今日の日中は久しぶりの快晴が望めると聞き、勤め先を休んで房総へ足を伸ばしたんですわぁ。

 都心から然程遠くなくして、内海に臨んだ内房の鄙びた風景を好む自分は房総南端近くの館山が天守閣を載せた丘を市街の涯に望ませ、市街の北辺を走る北緯35°ジャストの緯度はちょうど国道1号が通う京・五条大橋の緯度と等しく、鄙びた地に明るい陽射しが降り注いで大洋から風を迎える環境が何とも言えない安らぎを感じさせるからです。

 んで、三浦半島の久里浜から出航して対岸の鋸山が眼前に迫っていく光景をスマホで撮ったのですが、日本武尊の伝説を想わせるものが有りますわなっ。

 三浦半島から房総半島に渡すフェリーが出港する久里浜の地は三浦半島で最大となる平作ひらさく川が東京湾に注ぐ地で、源流となる横須賀市平作の地名は往古にきっと"へぐり"であった筈だと思うのです。

 へぐり川が注ぐ地に展がる砂浜だから往古にはへぐり浜だった筈で、それがくり浜に転化したんでしょうねぇ。

 それが証拠に、富津市の浜金谷から内房線を下った岩井駅の東に見る『南総里見八犬伝』で識られた富山から更に東へ進んだ山間の盆地を平群へぐりと呼び、曽て一帯の地は安房国平群郡とされていたんですわなっ。

 奈良県平群町を本拠とした平群氏は5世紀後葉の朝廷で威勢を振るい、武烈天皇の命を受けた大伴金村によって平群真鳥・しび父子が粛清されたと云います。

 日本武尊の東征伝説を裏打ちするような史実が往古の平群氏によって挙行されたものと思われ、その痕跡が今に遺されているなぁと思ったのです。
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  2. 2020/09/28(月)
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